PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
web拍手

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

2011年3月11日

今回の地震でお亡くなりになった方々、大切な家族を亡くされた方々に心からお悔やみを申し上げます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


地震発生当時、私はビルの四階にある本屋にいました。めまいに似た揺れを感じ、近くの柱に手をかけて揺れが治まるのを待っていました。実は3月9日の三陸沖地震の時にも、数分遅れてめまいのような揺れを感じたのですが、その揺れ方がひどく気持ちが悪くて、ずっと嫌な感覚として頭の隅に残っていたのです。揺れは治まらずどんどん大きくなり、棚から本がパラパラと落ち始めました。その時点でエスカレーターはまだ動いていましたが、非常階段から下の階に降りるつもりでした。

かなり揺れましたが、過去にテレビで見た大震災の映像のように、物が飛んでくるような事はありませんでしたし、書店の中がさして混雑していなかったせいか、まわりの人も取り乱す事もなく淡々としていました。そばにいた女性数人と非常階段に向かうと、店員が「こちらからは降りられません。連絡通路を渡って本館の方の非常階段からなら出られるかも知れません」と説明しています。説明しながらも、どうやらビル管理から何らかの指示を待っている様子です。本館と別館をつなぐ連絡通路って、四階の下は道路です。構造的には地震が来そうな時にはビルの中では一番避けたい場所。

でもその時は揺れも治まっていましたし、とにかく、一人残してきたタピオが心配で一刻も早く帰りたかったのです。連絡通路の窓からみえた私鉄は駅の手前で止まっていました。本館の非常階段に行くと、その入り口はロックされていました。インターカムをつけた店員が「このビルは耐震構造ですし、ここはビルの上階ですから、いま外に出るよりここにとどまった方が安全です」という説明でした。しだいに非常階段の入り口には人が集まってきました。本館に入っている電気店でテレビを見ていたという人は、何十万もするテレビがバタバタと倒れてきた、と話していました。話だけでは大きな揺れのように思えますが、一般家庭のように地震に備えて固定していれば起きなかった事だと思います。

非常階段のロックが解錠されるまでわずか数分でしたが、ひどく長く感じました。ガスや電気が止まっている可能性もあるので火を通さずにすむ夕食の食材を手早く買い込み、大急ぎでバスに乗り込みました。駅はすでに人でごった返し、やはり電車が止まっているという話し声が聞こえましたし、公衆電話の前には列ができていました。

家に着くと、タピオのいつものお帰りなさいの挨拶があり、普段なら荷物を片づけるまで目を合わせないのですが、どこか怪我をしていないか、チェックしました。大丈夫でした!

一階ではリビングの花瓶が2つ割れていて、タピオの水飲みボールの水がこぼれていました。二階では多少物が動いていたり本が数冊書棚から落ちていたりしましたが、壊れている物はありませんでした。おそらく電話は使わない方が良いと判断し家族にメールで安否を確かめました。一番心配なのは千葉の千倉で一人暮らしをしている親戚です。でも、私が送ったメールは翌日にならないと家族の元には届きませんでしたし、千倉の親戚が無事だと知ったのは翌日お昼過ぎでした。胸をなで下ろす間もなく、テレビから流れてくる津波の映像、広範囲に広がる火事、みるみるうちに増えていく行方不明者の数に、ただ言葉を失います。


今なお行方が分からない方々、家族やペットたちと離ればなれになってしまった方々が一日も早くご無事でお戻りになりますよう、心からお祈り申し上げます。

そして、どうか、もうこれ以上の命が失われませんように…。
web拍手

| お知らせ | 19:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://tapiola.blog21.fc2.com/tb.php/60-58954e76

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。